海外に暮らすという事、親の「死に目に会えない」現実

先日、友人のお母さんが亡くなったという知らせを受けました。

突然のことで、かなりビックリしました。

友人も母国にいるお母さんのもとで、半年以上過ごし、カナダへ戻ってきて、丁度1ヶ月程。

今まで通り、お母さんは元気にしているのだろうと思っていたのですが、どうやら肺炎をこじらせて、帰らぬ人となってしまったようです。

この友人の状況は、私の未来を見ているような、そんな気持ちにさせられました。

目次

「もし、今、連絡が来たらどうする?」

日本にいる両親との距離が、飛行機で何時間もかかるという現実。

時差、職場の休暇、航空券の空き状況や価格…。

頭ではわかっているはずなのに、「そのとき」のことを本気で想像するのは、怖いもので、ずっと先送りにしてきたような気がします。

でも、今回の友人の体験を目の当たりにして、ふと問いかけてしまいました。

「もし、今、私のところに ‘急変しました’ という電話が来たら?」

すぐに飛べるだろうか。そして、また間に合うだろうか。

そもそも、どこまでの事をしてあげられるのだろうか。

電話越しの最期も、今の時代らしいのかもしれないけれど

コロナ禍で、多くの人がZoomやスマホ越しに最期の別れを経験しました。

それで、画面越しの「さようなら」が、以前より少し「当たり前」になってしまったようにも感じます。

でも、やっぱり、手を握って「ありがとう」と言える最期は、何ものにも代えがたい。

友人も「人生の最後、お母さんの手を握ってあげたかった。」と、泣いていました。

海外に住んでいる私達には、それができるのか、できないのか。

「できなかった」としたら、その事実を、どうやって心の中で受け止める事が出来るのか、、、。

「覚悟」と「準備」

親の死に目に会えない可能性を考えることは、決して冷たいことではないと思います。

むしろ、それをきちんと見つめておくことが、いざというとき、自分を守る心の盾になるような気がしています。

今のうちに私にできる事を考えてみました。

  • 定期的に電話やビデオ通話をする
  • 緊急連絡先や帰国手段を確認しておく
  • 親の意思(延命処置・葬儀・資産など)をさりげなく聞いておく
  • 気持ちだけでも「会えなくても、伝わる」ような言葉を、時々届けておく

両親と離れて暮らしているからこそ、「今できることをしておく」ことが、最高の親孝行かもしれません。

離れていても、心の距離を近く保つことはできる

人は、亡くなったその日だけではなく、生きている間にどれだけ愛を伝える事が出来たかという事が、大切だと思います。

母親の最期を看取れなかった友人。彼女は、金銭的にも母親をサポートして、また一緒に過ごせる時間を大切にしていました。

彼女から教えてもらった事は沢山あります。いつも素晴らしい親子関係だなぁと感心していました。

私も彼女に近づけるように、もっと両親を大切に出来たらなぁと思います。

「今度帰ったときに話そう」って思うのではなく、「今、少しだけでも声を聞ききたいなぁ」と思えたなら、すぐに連絡を取りたいと思います。

さいごに

海外に暮らしている私たちは、いざというときに「間に合わない」可能性を常に背負って生きています。

でも、それでも、そのリスクを選んでここに生きている。

だから、少しでも悔いが残らないように、今を大切に生きていきたいと思います。

今日、遠くにいる家族に、ひと言「元気?」と連絡してみようかと思います。

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

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